王様の耳はロバの耳
知的好奇心。

そう言えば聞こえはよいのだが、日常生活においては「知ってしまうこと」により、
心乱れてしまうことも、ままある。

それは仕事でも、学校でも、プライベートでも、
テレビや新聞でも、インターネットの世界においても、当てはまるのではないだろうか。

もちろん「何かを知ること」により、学習することは素晴らしい事であると思うし、
「知識としての知」は、我々人間の社会生活において、必要条件ではないにしても、
重要なメタファーであると言えよう。

しかし、特に人間関係においては、「知ること」は、必ずしもその関係を円滑にするものとは限らない。
「その人のことを知る」ことにより、お互い深い理解を得ることもあれば、
「知ってしまうこと」により崩壊してしまう関係もある。言わば両刃の剣である。

男女間に限ったことではなく(男女間においては、なおさらだけれど;)、
対象となる相手を「より深く知りたい」と思うことは、ごく自然のなりゆきであると思うし、
お互いがそう思うことは、両者の距離感を縮め、何かしらの思いを共有するにおいては必要不可欠な感情であると思っている。

全てのシチュエーションにおいて、「知らなくてもいいこと」は確かに存在すると思うのだが、
それを「知ってしまった時」に、何を思い、どう行動するかの方が重要な問題である。

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年齢を重ねるにつれて、
『なるべく波風立てぬよう』と心掛けている自分がいるのもまた事実である。
それは決して立派なものなんかじゃなくて、
「めんどくせー」に起因する思いが強い。

だから、今の自分にとって『波風立てぬよう心掛けること』は
「大人になること」からは程遠い。

実際波風立てるし(笑)、自分は矛盾だらけだし、
人を不愉快にさせることも、多々ある。
知らず知らずの言い訳で、自らの危険を回避しようと企むことも多いだろう。
誰かを傷つけることもあるだろうし、
「傷つけたんじゃないか?」とあれこれ悩んだ末に、
誰も傷付いてもいなくて、己の一人相撲に呆れ笑ってしまうこともある。

「もっとワガママになってもイイんじゃないの?」
折角の助言を、また都合良く解釈する。

きっとこれからも、自分にとって「知らなくてもイイこと」
は、穴を掘って埋めてしまうだろう。
でも、その穴が一杯になる前には、
「大人になって」なきゃいけないんだろうけれどね。


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by twisted.nerve | 2005-04-16 22:26 | 雑文


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